Story
はじめて妻を
ゴルフに誘った。
「こんど一緒にコースに出よう」照れくさくて、そのひと言が長い間言えなかった。
ティーグランドに立つと、風の中に潮の香りを微かに感じる。グリーンの向こうには、青く美しい日本海が見える。フェアウェイを、妻の速度にあわせて歩く。
ゴルフ場のそばに別荘を持つだけで、人生はこんなにもゆたかになる。
別荘という贅沢で、
ひとつ上の人生へ。
目の前を、ジンベエザメが通り過ぎる。「すごーい」と言って驚く小さな顔に、青い影が揺らいで消える。夏になると、娘一家が別荘へ遊びに来る。孫娘は近くにある水族館がお気に入りだ。
イルカが泳ぐトンネルを、手をつないでゆっくり歩く。
別荘が、孫と過ごす時間を生み出す。人生はまた、おもしろくなる。
ふたりの時計が
また動き出す。
まだ若い頃、妻と一緒に美術館へよく行った。やがて、仕事や子育てが忙しくなり、ふたりの時間は少なくなった。
孫ができる歳になり、別荘から近い美術館へ、ひさしぶりに妻と出かけた。ガラスのアートは、その煌めきや造形で心を奪う。
昔のように、作品を観ては語りあう。楽しい時間が帰ってくる。別荘を手に入れる。それだけで、ふたりの時計はまた動き出す。
©石川県能登島ガラス美術館
贅沢って、
なんだろう。
真っ赤なカニが、網の上でおいしそうに焼けている。それを眺めて、夫がビールを飲んでいる。
ここは高級レストランでも割烹でもない。市場の一角にある浜焼きコーナー。みっちり詰まった白い身を、無言で掻きだし、口に入れる。
七尾湾、潮風、とれたての魚、夫の笑顔。ここでしか味わえない、贅沢がある。
夫婦で過ごすゆたかな時間こそが、なによりのご馳走だと知った。